FC2にいらっしゃってください
ある日、どのブログ作成サービスも大体同じようなものだと思っていたのにどうも違うようだと知り、試しにこのexcite blogに、FC2に書いていたものをコピペして同じ内容で作ってみました。
そのことをどこかに書いているはずだと探してきました。
2019年のことだったようです。
違いがあることは分かったもののどちらを残したらいいのか決心できず何となく今日まで来てしまっていましたが、このあたりでFC2だけにしておこうと思います。
もし、たまには暇つぶしに読みたいと思ってくださる方がいらっしゃったら、FC2に方にいらっしゃってください。
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by rosebudteaset
| 2023-02-06 23:49
| アレコレ(2022年)
天上の青 Heavenly Blue
今から21年前の2001年の晩秋、ミセスリビングのmakikoさんのサイトの表紙にその時期にしては鮮やかでしかも珍しい色の花を見つけた。その空色の花は道路から玄関までのステップに沿ってのぼっていて数年前から信号待ちをする度気になっていた花によく似ていた。
makikoさんにお聞きするとヘブンリーブルーという名の西洋アサガオだという。確かに咲いている様子は時期はずれのアサガオの風情であり、ツルがのぼって少し高いところに空色の花が咲いている様子とヘブンリーブルーという名前に惹きつけられるものがあった。同じ頃「赤毛のアン」を通じて親しくしていた朱雀さん、cozyさんもこの花が気になっていたようで時期が来たらこの花を植えたいという話があちこちで出ていた。
20年以上前のことで、我が家はふたりの娘が大学生と社会人になり二人とも家を出ていたのでそれこそ毎晩掲示板に書き込みをし、色んなで知っていることを教え合い、仲よくなった。週に一度はチャットで真夜中までパソコンに向かっていた。
折角皆で植えるのだからこの際サークルを作ろうという話になり早速ミセスリビングのmakikoさんが主宰者となって2002年サークルが発足。種がない人にはmakikoさんが調達し、同じ時期に知り合った友達がずらずらと名前を連ね「へブンリークラブ」はスタートした。
ある日、ミセスリビング主宰の「ヘブンリーブルークラブ」の掲示板に長野県小諸市水明小学校のこうきクンのお母さんの書き込みがあった。この水明小学校のヘブンリーブルーのエピソードは私もこのサイトの「アサガオ2題」に書いているが花の名前が「ヘブンリーブルー」なだけにより一層私たちの心に迫ってくるものがあった。
またその頃、長野で絵を描いていらっしゃるぺるさんがその発表の場、知り合いの画家の作品を集めたホームページを作りたいと思っていたところ、検索で当時の私のサイトのコンテンツのひとつ「ホームページが作りたい」を見つけてくれ、掲示板に長野の見事なヘブンリーブルー街道の写真を貼ってくれた。
水明小学校のヘブンリーブルーの逸話と、ぺるさんの貼ってくれたヘブン街道の写真は「へブンリークラブ」にとって大きな出来事だった。関東勢が見事な長野のヘブンリーブルーを見に行き、掲示板に報告のない人の中にも例えば私の横浜の友人も「ヘブン街道」の写真をメール添付で見せてくれた。
「ミセスリビング」主宰の「ヘブンリークラブ」の初年度(2002年)の会員数は77名、そして2年目は100名に達した。
あの頃から十数年経った。
ここ2,3年はインスタでmakikoさんや香苗さんが毎日のように庭の木や花の写真をアップして見せてくれている。makikoさんも香苗さんも当時と同じようにヘブンリーブルーを植えていて、私もあの頃のようにタネを蒔き、ヘブン日記を書こうと思い、その過程を写真に撮って準備したが、雨が続きアッという間にダメになってしまい、日記を書けなくなった。今年リベンジで梅雨が終わってからタネを蒔いた。主人が退職後は町内の溝掃除も含めて外回りのことは主人の係りになっていて、ヘブンリーブル―もハッと気づくと摘芯をしてなかったので、上に上に伸びていくばかりで葉っぱがなくあまりに貧相だ。
西洋アサガオなので、初めてmakikoさんのHPで見た時のように秋も深くなってから咲いて欲しく、種は初夏になってから蒔いた。このところ、パーゴラの上の方に少しずつだが毎朝文字通りヘブンリーブルーの花を咲かせている。
花芽も上の方にたくさんあるのでいつだったかのように12月になっても咲いているかもしれない。
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by rosebudteaset
| 2022-09-29 21:36
| アレコレ(2022年)
りかちゃんのピカピカドレス
長女から「Mがおばあちゃんちに行ったらりかちゃんのドレスを作りたいそうです」とLINEが来ていた。作りたいそうですと気軽に書いてあったが、何しろ孫のMはまだ幼稚園の年中児。フェルトと布用ボンドを買って来て工作するしかない。セリアに買いに行って準備はしておいた。問題は、りかちゃんはウエストが凄くくびれていて凹凸のある体形なこと。
孫たちが我が家に到着し,部屋に入るや、自分のバッグからりかちゃんともうひとつ人形を出して見せたので、「こんなのを作るの?」と尋ねると、「これはワンピース。Mはドレスが欲しい」と言う。
ワンピースとドレスの違いは長さのようだ。
しかもどうも自分で作るという意味ではないようだ。
フェルトで作って見せたら、イメージしていたのはキラキラしたものだったようだ。
我が家にもレースとチュール、ビーズはあったが、ベースになるようなキラキラした生地がない。
来ている間にはできないので後から作って送ってあげると言うとそれで納得したが、家に帰って翌々日には、「りかちゃんのドレスは?」と催促の電話があった。
慌ててセリアに行き、手芸のコーナー以外の売り場でキラキラした生地とデコレーションを買って来て、フェルトで作ったドレスをパターンにして作り始めた。
食卓の上にロックミシンと普通のミシンを出し、レースやチュール、ニセパールやニセダイヤモンドを出しっぱなしにしているので昼ご飯は他の場所で食べ、休憩ばかりして、夜中にやっと2着出来上がった。
「こんなの普通は2時間もあったらできるだろうになぁ、あ~あ」
考える時間やソファに寝転んで休憩ばかりするので時間がかかって出来上がったのは夜中だった。
あ~あ、ホントに笑ってしまうよ。
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by rosebudteaset
| 2022-08-25 23:00
| アレコレ(2022年)
カルト集団
安倍元首相の銃撃事件から早や3週間が経った。
この間に、政治家と宗教団体との癒着、銃撃事件容疑者の非常に過酷な家庭環境、統一教会そのものについて、それぞれの立場から有識者がそれについて語り、我々も考えさせられた。容疑者の母親は統一教会に入信後、自殺をした亡き夫の生命保険、亡父から相続した遺産を売却した1億円以上の財産を全て教会に献金し、家族の幸せを願って入会しただろうに、家族を不幸のどん底に陥れ、次男を歴史に名を残す殺人者にしてしまった。
統一教会と聞き、40代以上の大方の人が「あの統一教会かー」と、山崎浩子や桜田淳子らの合同結婚式がテレビ報道された頃を思い出したと思う。いつの頃だったかと調べてみたらあれはちょうど30年前の1992年のことだった。当時パソコンが一般に普及していたらインターネットでアレコレ検索しただろうけれど、何しろテレビからの情報だけだったので、今回ほど詳しい内容については知らなかったが、高額な献金、洗脳、恐怖心を植えつけ印鑑・壺等を買わす霊感商法の恐ろしさや、桜田淳子、山崎浩子を最前列にしたあの合同結婚式の異様な映像はしっかり記憶に残っている。桜田淳子のような人気アイドルから大人の歌手になった人があんなペラペラの全員同じ化繊のウエディングドレスを着て見ず知らずの人と結婚式をするのが不可解だった。歌のレッスンだけでなく、スタイリストもつけて本人にも歌詞にも合う衣装を身に付け着々とスターへの道筋をつけさせていたプロダクションの社長はあの姿を見て彼女の身を心配すると同時に自分は一体何をしてきたのだろうと落胆しただろう。
私は統一教会も創価学会を始めとする他の新興宗教と同じようなものだと思っていた。
オウム真理教の松本サリン事件、地下鉄サリン事件はそれから3年後の1995年。あの阪神淡路大震災の2か月後のことだった。これらは『国の内外、天地とも 平和 が達成される』という意味を持った平成の時代に入って数年の事柄だった。
今回統一教会についてもうちょっと詳しく知りたいと思って検索してみた。
すると、統一教会と並んでカルト教団のひとつにヤマギシズムと書かれてありビックリした。
あのヤマギシ会はカルト教団だったのか――
ヤマギシ会については私が時折思い出し、娘にも何度か話したことがあったので娘にこう言った。
「初めて知ったんだけど、あのヤマギシってカルト教団だって…」
実は1980年生まれの次女の幼稚園時代の役員にヤマギシ会の人がいたのだ。彼女(Aさん)の子どもは次女より1級上で卒園を前に役員の送別会があった。小さな幼稚園だったので3学年全員が集まり、しかも10人程だった。彼女は東京から来た人だったが子どもの卒園を機にこの地から引っ越すという。地元出身でご主人が地元の大手企業に勤めるお洒落な人が、「私みたいな田舎者は今日はどんな服を着ようかとそんなことを考えるんだけど、むしろ東京の人の方がそんなこと気にしないね~」と言った。その言葉が今も記憶に残っているのは、Aさんが幼稚園の送り迎えにタンクトップ(当時の感覚ではランニング)に短パン、ゴム草履といった恰好でやって来ていたからだ。入園早々の頃ならよくあることだが、卒園を前にした頃毎朝のように登園時に子どもが泣きじゃくって母親から離れようとせず、迎えに出て来る先生との会話の内容が聞こえてくる日もあり事情は何となく分かっていた。
送別会の日、幼稚園の卒園を機に他県に引っ越すという話からどうしてここにやってきたのかという話になった。なんでも就職先が当地の学校に決まって、ふたりで夜汽車に乗ってやって来たそうだ。当時流行っていたフォークソングの歌詞のような話だった。組合活動を通じて知り合ったらしい。ヤマギシという会に入っていて、子どもの卒園を機会にこれからは家族でその村(?)で生活するという。これまでも村で集団生活の慣らし体験をしたことがあるらしい。登園時に泣きじゃくって母親から離れようとしなかったのはそのせいだったのだ。村の生活は夫婦は6畳一間をあてがわれ、集団で農業をし、子どもは子どもたちだけで別の集団で生活するという。何とこれまで持っている服も本も何もかも全て持ち物は共有のものになるという。預貯金までも。話を聞いた時はそのことに一番ビックリした。
「これってもしかしたらソ連のソフォーズとかコルホーズとか言うあれ?」
中学時代の社会の教科書を思い出した。
ヤマギシの二世信者で生まれ19歳まで村で過ごした高田かやさんという人が「カルト村で生まれました。」「さようならカルト村。」というタイトルで当時のことを漫画にしていて、次女がツタヤにレンタルがあると言って借りてきた。
かやさんは、住んでいた村は農業を基盤とした共同生活だったと書いている。義務教育の間は学校には行くものの基本的には農業をして暮らしている。村の小学生以上の子どもたちは世話人の数人の大人と子供だけの集団で暮らす。親は別の大人だけの集団で暮らし、親子は年に数回しか会えない。あの役員の送別会でもA子さんもそう話していた。
漫画には村の図面が描かれていて、確かにそこは農業を基盤とするコミューンだと分かる。
かやさんたち子供たちは、朝は仕事をしてから登校し、部活は禁止、下校後も農作業をして暮らしていた。体罰もひどかったと敢えて書いてあるくらいだからかなりのひどさだったようだ。我が家の娘世代で体罰というようなものを経験した子はほとんどいなかった時代なのに。かやさんは村で生まれ育ったので普通の家庭生活を知らないが、Bちゃんのように恵まれた幼稚園で日々の生活を送っていた子はビックリして心を病んだかもしれない。
安倍元首相銃撃事件の容疑者が岡山市から投函した手紙はネットでも読むことができるが、手紙を出した相手は統一教会についてだけでなくカルト教団全般についてブログに書いているジャーナリストだ。彼は、1997年、「巨大カルト集団ヤマギシ「超洗脳」ルポ」(VIEWS)で編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞企画部門受賞したジャーナリストらしい。Wikipediaのヤマギシ会のページを読んでみると、彼も含めて多くの宗教家やジャーナリストがヤマギシ会の『特別講習研鑽会』なるものについて書いている。
かやさんの漫画にも子どもの受ける『特別講習研鑽会』のページがあるので、私はWikipediaを読む前に先に漫画の方を読んでいた。子どもが受ける研鑽会のせいか、かやさん本人の資質のせいか、この本がちびまる子ちゃんみたいな絵柄のせいか、受ける印象は違っていた。
かやさんの2冊の本のタイトルは「カルト村で生まれました。」「さようならカルト村。」で、19歳以降は外の世界で暮らし、信者以外の人と結婚もされている。後半には村が変化してきたことについて書かれていて、その大きなきっかけはやはり1995年のオウム真理教のサリン事件で、漫画の中で「まさかこの事件が村に影響するなんて思いもよらなかったけど」「確かそのあと、オウムと村が同一視されたんだよね」という会話がでてくる。1998年村の税金の申告漏れ200億円が報道され、数十億円の追徴課税がなされ一括で払ったという。
A子さん親子が村に行って数年後、週に一度近くにヤマギシの移動販売車がやって来るのを知って何度も買ったことがあるが、牛乳や鶏肉やプリンも美味しいし、無農薬栽培だから野菜も安全で美味しいと評判だった。今回初めて知ったのだが、売り上げは農事組合法人のトップだという。申告漏れというのは、個人の儲けというか給料の形で税務申告していたことにあったらしい。
「もし願いが叶うならば小さい頃に親と一緒に暮らしたかった」
かやさんは村の変化を見て、私ももっと自由にやりたいことを考えてもいいかもと思い始める。
こんなページがある。
かやさんは地下鉄サリン事件の時中学2年生だったと書かれてあったので次女と同じ学齢。余談だが、安倍元首相銃撃の容疑者も同じ年齢だ。ヤマギシの村に行ったA子さんの子どものBちゃんはかやさんより1学年上でほぼ同年齢。
幼稚園に行っている間にお母さんがいなくなって迎えに来てくれないのかもしれないと毎朝泣いていた子はあれからこの漫画で描かれていた生活をしていたのだ。
A子さん親子の記憶は、35年前のあの送別会で聞いたこととBちゃんが毎朝泣いている姿で終わっているが、Bちゃんもかやさんと同じように今までを振り返って自分の一番の希望を探ったら、出た答えは、「もし願いが叶うならば、小さい頃に親と一緒に暮らしたかった」だったかもしれない。
安倍元首相銃撃事件の容疑者も今までを振り返って自分の一番の希望を探ったら、出た答えは、同じように平凡な親子の暮らしだったかもしれない。
連想ゲームみたいにしてこの35年ほど折々に思い出していたヤマギシ会に話は逸れたが、かやさん、Bちゃん、安倍元首相銃撃事件の容疑者の幼少期は私などの想像をはるかに超える特殊な家庭環境だったのだなと重い気持ちになってしまった。
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by rosebudteaset
| 2022-07-28 23:11
| アレコレ(2022年)
今年も咲きました
今年もカサブランカが咲いて庭がいい香りに包まれている。
このカサブランカは仙台のネット友だちが十数年前に送ってくれたもので、植えて何年かは咲いていたが段々咲かなくなっていた。ところが昨年見事に咲いて私を喜ばせてくれ、そのことをブログに書いた。
探してみたらちょうど今日だった。
この球根を送ってくれた友達は今年4月15日に亡くなられた。
仙台から遠く離れた広島県の我が家の庭に雅子さんのカサブランカが咲いている。
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by rosebudteaset
| 2022-07-14 23:58
| アレコレ(2022年)
「まぁ、マリラ!なんて素敵なんでしょう。やっぱり、マリラ、想像力があるじゃないの。でなければ、どんなにあたしがそれを願っていたかわかるはずないんですもの。なんてすばらしいでしょう。おとなになったみたいだわ。あたしのお客様がくるんですもの。お茶をいれたりするのを忘れたりしないわ。ああ、マリラ、あの、薔薇のつぼみの小枝のついたお茶道具を使ってもいい?」 村岡花子訳「赤毛のアン」
by 薄荷
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